特別稽古

「星谷を次の華桜会に入れたい」
甘味処の個室で四季は切り出した。
五人揃ってここに集合ということは華桜館では話しづらい内容だと冬沢にはわかっていたし、四季がほかの三人を無視して冬沢だけを見ていることから、この件を今初めて聞くのは自分だけだともわかった。
「末席に名を連ねるくらいならありえなくもない」
「主席にしたい」
「無理だ」
冬沢は言い捨てたが、これで終わりになるならこんな場が設けられてないだろう。
わざとらしく息を吐く。
「主席には辰己がふさわしい。ほかにも技術的には星谷より優秀な者はいる」
「そうなんだ。さすが冬沢だ」
四季は頷いた。
「技術的には、ね」
入夏がにやりと笑い、冬沢は自分が星谷の技術面以外を評価していることを認めているような発言をしてしまったことに気づいた。
今度は冬沢はできるだけ嫌みたらしく見えるように、息を吐いた。
「好きにしたらいいだろう。多数決なら四季の希望通りになる」
「あのままでは主席の資格なしというのはオレも同意見だ」
と、千秋。
「アツいヤツでもそれだけではな」
と、入夏。
「だから冬沢。星谷を鍛えてやってくれないか」
四季がそれが至極当然であるかのように言った。
冬沢の眉間に皺が寄り、なぜ俺が、と訊ねる前に春日野が口を開いた。
「四季や僕らでは贔屓だと思われるが、冬沢なら後輩をしごいているで通る」
喧嘩を売っているなら受けて立ってやろうという冬沢の臨戦状態を四季が挫く。
「冬沢に頼みたい」
戦意は失われたが、イラっとした。
「俺は、暇じゃない」
「綾薙祭が終わってすることが減ったと、言ってたじゃないか」
「おまえがやれ」
「冬沢がいいんだ。星谷の勢いまかせで雑になっている技術を磨いてやってくれ。冬沢の緻密で正確な指導が必要だ」
調子のいい、と思うと同時に自尊心をくすぐられて悪い気もしない。
星谷はプレステージからオープニングセレモニーまでの短期間でもレベルを上げていた。華桜会候補選考までにAランクに引き上げることも不可能ではないかもしれない。
「辰己も一緒だ」
冬沢は条件を提示した。
「そうでなければフェアじゃない」
「もちろん、いいとも。ありがとう、冬沢」
四季の笑顔と感謝の言葉にまんざらでもない気持ちと、やはり若干イラっとしたところに、四季が注文したらしい人数分のぜんざいが運ばれてきた。
「今日は俺が奢る」
四季は言ったが、入り口に近い席に座る千秋の前に置かれた椀に、焼き色のついた餅が入っているのを見て、冬沢は今日一番のしかめ面になった。
俺は 餅が 嫌いなんだと、何度言ったら四季は覚えるのだ。
ストレスを溜めると爆発する、と学んでいる冬沢は席を立とうしたが、四季が、あ、と声を出す。
「これはおまえのだ、冬沢」
自分の碗を冬沢の前に置く。
「おまえ、餅、嫌いだろ?」
碗には餅が入っていなかった。

星谷と辰己を対象に行われた冬沢の特別稽古は、途中から参加を希望する二年生がどんどん増え、最終的にMS組のほとんどが参加するようになった。
卒業式の日、冬沢は二年生から華桜会の誰より大きな花束を貰った。

スタミュ

Posted by ありす南水