北の森の魔女
北の森の魔女が集会の場所に赴くと、魔女たちは箒から降りて地上に集まっていた。
何事かと思えば人間たちがいらない子どもを森に捨てていったので、それをどうするかの相談だった。
賢い子なら家に帰ってくるかもしれないので、魔女の森は子どもの廃棄場所にされやすい。
子どもは女の子と男の子だった。
「弟子が欲しいつってたのは誰だったかね」
千年生きているという皺くちゃの大魔女が問う。
何人かの魔女が手を挙げた。
「話し合って決めな」
女の子は魔女に引き取られて魔女になる。
ここにいる魔女たちも元はみな捨てられた人間の女の子だ。
「さて、じゃあ男の子のほうだ」
魔女たちに囲まれて震えているふたりは、手をつないでいた。
女の子のほうが大きくしっかりした様子で、男の子は洟を垂らして抜けた印象だ。
「はい。あたし、ちょうど子どもの肝を使う妙薬を作りたかったところなの」
糸杉の森の魔女が手を挙げた。
「痩せてうすのろぽいけど肝に問題はなさそう。あたしにちょうだい」
糸杉の森の魔女が男の子に手を伸ばそうとすると、女の子は男の子を胸に抱えた。
「あたしの弟に触らないで!」
魔女たちはどっと笑った。
「勇ましいねえ」
「これはいい魔女になる」
「でもね。あたしたちの世界に男の子はいらないんだよ」
女の子は目に涙を浮かべて懇願した。
「お願いします。あたしが弟の分まで働きます。立派な魔女になってあとからでもご恩はお返しします。だから弟を殺さないで」
魔女たちはそれぞれ頭を振ったりため息をついたりした。
大魔女が言った。
「諦めな。ここが魔女の森でなければ、おまえも野垂れ死ぬ運命だ。弟が不運なんじゃない。おまえが幸運なんだよ」
大魔女の杖が動くと男の子は女の子から離され宙に浮いた。
「いやあっ!」
女の子の声が森に響く。
あのお、とそれまで見ていただけの北の森の魔女が手を挙げた。
「あたしにその男の子をくれませんか」
糸杉の森の魔女が険しい顔をした。
「あたしが先に欲しいって言ったんだよ」
「はあ、まあ。でもあたしの家の辺りは冬になると雪が積もるんで、毎年雪かきが大変なんですよ。ほら、力仕事の魔法は体力使うじゃないですか。人間の子はすぐ大きくなるし、男の子は力が強いから役に立つと思うんですよ」
ふむ、と大魔女が頷いた。
「お譲りいただけないですか?」
糸杉の森の魔女は頬を膨らませた。
「条件次第」
「この子が割った薪を冬になったら届けさせます」
「こんな痩せっぽっちに薪割りなんて出来るの?」
「毎日肉を食わせりゃすぐ太るでしょうし、狩りも覚えさせて、そのうち肉も届けさせます」
一回限りの妙薬作りよりいいと判断した糸杉の森の魔女は、男の子を北の森の魔女に譲った。
「決まったね」
大魔女は宙に浮いたままの男の子を北の森の魔女の前に落とした。
その頃には女の子の師匠となる魔女も決まっていた。
男の子はやはり少しぼんやりした子だったが、素直でよく働いた。
大人になると用事で森の外に出ることもあったが、必ず魔女の元に帰ってきた。
姉がようやく半人前の魔女となって弟に会いに来たとき、男の子は老人になっていた。
「おねえちゃん、きれいになったねえ」
穏やかに笑う皺だらけの弟に、花の盛りのままの姿を保っている姉は泣いて返事ができなかった。
「あんたもう残り少ない命なんだから、姉弟一緒に暮らしたらいいんだよ」
姉が帰ったあと北の森の魔女は言ったが、老人となった男の子は頭を振った。
「こんな老いぼれでも、まだ雪かきができます」
窓の外には今年初めての雪が降り始めていた。
遠い昔、北の森の魔女がまだ人間だった頃、弟がいた。
親が死んで村の厄介者となった姉弟は魔女の森に捨てられた。
姉は北の森の魔女になり、弟は魔女にはなれないのでどこかに連れていかれてそれっきり。
人とはそういうもので魔女とはそういうものだ。
北の森の魔女のところには一時人間の男の子がいて、魔女の元で生涯を全うした。
これはただそれだけのお話。